一歩前へ踏み出す。 そんな些細なことに、生きているということを実感する。 ねえ、先輩? 俺、ちゃんと笑えてるかな・・・――― 「くぉーら、越前!サボらない!」 「先輩・・・」 先輩は、1つ上の先輩で、女子テニス部のレギュラーだった。 練習がキツくて、たまに日陰でサボってたりすると、 こんな風によく怒りに来た。 でも、いつも笑顔だった。 「あんたね・・・手塚先輩に勝てないくせにサボってんじゃないよ?」 「なっ!・・・うるさいッスよ。」 そんな嫌味を言っている時ですら、彼女は笑顔だった。 なのに、 「なん、で・・・泣いてんの」 「・・・っえち、ぜん」 「――っそんな顔、しないでください」 俺が1年の秋、部室近くで1人で泣いていた。 先輩のそんな姿なんて、見ていられなくて。 気がつけば、自分の腕の中に先輩がいた。 「俺は、アンタを泣かせない。」 そう言えば、先輩は少し困ったように笑って言った。 「・・・それは、告白?」 ・・・――だったら、私を幸せにして。 幸せだった。 何をするのも、先輩がいれば、それだけで。 試合には必ず応援に行ったし、来てくれた。 日程が重なれば、勝利というお土産を届けた。 「先輩・・・・・・いいの?」 「あら。私の方が経験豊富だけど?」 「そんなこと、言っちゃうんだ?」 「あらまっ!鬼畜ー」 カラダを重ねれば重ねるほど、想いは増した。 本当に、好きだった。 「リョーマ、あと1年・・・ちゃんと"柱"、まっとうしなよ!」 「分かってるッスよ!・・・卒業、おめでとうございます。」 「ありがとう」 卒業式の直後、デートの約束をしていた。 午後5時に、駅前の大きな時計の前で待ち合わせ。 デートなんて何度もしてるけど、やっぱり楽しみで仕方なくて。 待ち合わせ場所には30分も早く着いた。 けど・・・ それが、間違いだったんだ・・・―― 「リョーマ?今どこ?」 電話が鳴った。 「もう着いてますよ」 「え、うそ!・・・あ、いた!」 交差点の向こう側に、携帯電話を持った先輩が見えた。 「せ・・・んぱ、い」 同時に、視界から 消えた 「せ、んぱい・・・先輩!先輩っ!!!」 急いで駆け寄れば、道路の隅にぐったりしている先輩がいた。 俺は、今、自分の目の前にある光景が信じられなくて。 先輩が死んじゃうなんて、受け入れられなくて。 「ほら、何やってんの?今から映画見に行くんでしょ?」 話しかけていれば、いつか先輩は起き上がるだろうと、 「その後、俺ん家行くんでしょ?」 きっとまた、あの笑顔を・・・ 俺の大好きな笑顔を、見せてくれるだろうと・・・―― 「ねえ・・・、目開けて、いつもみたいに笑ってよ・・・」 先輩、俺、今でもまだアンタを待ってるんだ。 おかしいでしょ? そう、俺は変なんだ。 いくら待っても、何度あの場所へ行っても。 もうアンタは戻ってこないのに。 「・・・また、来ちゃった。」 人波に呑まれそうになりながら、未だ彼女の姿を捜してしまう。 ここで初めて手を繋いだんだ。 はぐれるからって、先輩から。 そして、少し進めば・・・ 「ここで、初めてキスしたんだよ?覚えてる・・・?」 ――覚えてるよ。ちゃんと、覚えてる。 ふいに、彼女の声が聴こえた気がした。 「先輩?」 振り返っても、誰もいない。 でも確かに、俺の声に応えてくれた・・・。 「俺、寂しいんだけど。」 ――あら、アンタは意外と鬼畜なんじゃなかったっけ? 「なっ・・・」 その時、一瞬だけ、先輩のあの笑顔が見えた。 「ふ・・・っ」 俺は、周囲から見れば変な人なんだろうな・・・ あの日、先輩がこの世を去った日から、今日で1年。 あの場所で、俺は1人で泣いていた。 「ごめん・・・ごめんね、先輩・・・」 ――泣くのは、今日までにしなさい、リョーマ 「せんぱ・・・っ」 俺の記憶の中に確かにある、先輩の言葉。 「笑うことが、一歩踏み出す勇気になるの。自分にも、・・・相手にもね。」 少なくともあたしはそうよ。 先輩、俺、さっき見えた先輩の笑顔に、勇気、もらったよ。 一歩踏み出す、勇気。 俺、ちゃんと進むよ。 いつか、先輩に、ちゃんと胸張って言えるように。 先輩、俺に逢えて幸せだった? 俺は、幸せだったよ・・・きっと、誰よりも。 ――・・・あたしには負けるわ。あたしは、いつ死んでもいいってくらい幸せだったよ。 それから後、先輩の声は聴こえなくなったけど、 ねえ、先輩? きっとまだ、俺のこと見守ってくれてるでしょ? だから、俺が前へ進むのを、ずっと見ててください。 いつか・・・―― ------------------------------------------------------------ 死ネタですが、如何でしたか タイトルの真意とは違うかもしれませんが・・・ 亡き者を思い出に変えるのは、難しい。 愛していれば、なおのこと。 愛と罪との間、哀しみに暮れる越前を救ったのは、 やはり、愛した者でした。 というお話。しんみり・・・ '09.08.30 桐夜 凪 お題配布元:リライト ------------------------------------------------------------ |